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2010年 07月 30日
さっきまで、生きていた人が、突然、今、亡くなって、
さっきまで、存在していなかった一人の人間が、今、誕生して...。 人間の歴史は、気が遠くなるくらい、その当たり前を、繰り返してきた。 そして、星の時間からすれば、瞬きの瞬間くらいの短い人生が、私にも与えられて。 命に何を求め、 人生で何を確立し、 魂から何を伝え、 次の世代に何を残すことが、 私にできるのだろうか。 ................................................. 私が展示した作品に涙を流してくれた人がいた。 その人は、年配で、多くの物語を語れそうなほど、顔に味があって、 全身に強烈な程、するどいエネルギーが漲っている人だった。 後、その人が、ファッション界で歴史に残る有名な写真家だと知った。 これは、かれこれ、10年前の私の初の2人展での出来事。 彼は、自国へと帰って行った。 世の中は、狭いもので、その写真家の大親友だというアーチストと、これまた偶然と知り合うことになり、その写真家が自ら命を絶ったとその人から聞くこととなった。それから、1年以上の時間が経過した。 私という人間と私の芸術に初めて多くの希望と勇気をくれた、本物の芸術家。 年齢、性別、国境を越えて、理解した魂の共鳴。 彼の死は、ある意味で、私の心の師匠の死でもあった。 そして、同胞の魂との別れ。 私と彼は、連絡を取り合ったりしていたわけではないけれど、 彼の心がいつでも私に対して開いてくれていることは、確信していた。 彼のことが新聞の一面などに載っていると、私も嬉しかった。 私を見守ってくれていた、ある一人の大きなエネルギーが、地球から消えたのだ。 これは、初めてのことじゃ、ないけれど、何度体験しても、慣れる事はない。 世界中の時の人を撮影し、華麗な人生を送っていた偉大な、写真家。 結局、寂しい死を迎えたのだ。 彼の心は、とてつもなく、一人ぼっちだったんだろう。 彼の死後、初めて、今日、彼のことをインターネットで調べてみた。 なんて、いい写真を撮っていたんだ。 なんて、いい顔をした写真家なんだ。 でも、彼の心の奥に何が閉まってあるのかは、誰も知らない。 彼の素敵な顔には、沢山の苦悩があった。 あなたが、他界して、私は、寂しく思う。 あなたの背負った心の痛みを想像すると、私も、辛くなる。 あなたが、いないことが、未だに、信じれなくて、心が麻痺してしまう。 あなたとの出会いが、これからも、私の心に生き続ける。 そして、あなたは、天界で、微笑んでいる。 ....................................................... 今の現実を生きながらも、私は、同時に、私の心に染みている多くの古い思い出を心に蘇らせ、それを、あたかも現実かのように、その体験を再現して、時間を費やすことがある。私が選ぶ体験は、全部、私の心を感情的に幸せで楽しい感覚で満たしてくれることに自ずと絞られる。それは、過去の恋人達であったり、両親や祖父母、愛する姉や、他の芸術家との交流や、友人たちとの時間であったりと、いろいろだ。 沢山の映像と感情がこみ上げてきて、胸が一杯になる。 心が、至福で満たされて、肺がぽかぽかになって、気球のように、宙に浮けるような気分になってしまう。誰も、もはや、私でさえも、私の感情の高揚を止めることはできない。 私は、夜風に当たりながら、屋上に一人で行って、椅子を相手に、自由に踊り出す。 ふと、楽しかった思い出を一緒に共有した私の愛する人たちの声が聞きたくなったりしてしまう。 一度通じ合った心は、一生通じ合うと思うのは、私のナイーブさからなのだろうか。 でも、現実的には、連絡が途切れてしまった人たちは、私が、過去を美化しているだけかもしれないから、突然、懐かしいと思う人達に連絡を入れても迷惑なことでしょう。それに、今更、何かしたい訳でもないし。私は、ただ、よき青春時代の思い出に酔っているだけなのだ。 でも、意識的に、自分からできる感情の再現は、それこそ、文学を読んでいる気分と重なり合う気がする。そうでもしないと、たまに私を襲う心の虚無感をどう埋めればいいのか、分からない時があって。その無限な、名の無い空間の深さは、迷いや恐怖のそれとは、違って、不思議と、あやふやなとり止めの無い空間から、私の命と人生への好奇心と愛の深さに摩り替っていくのだ。 普通の人の感情の振り子より、はるかに大きく動く私の心の空間を埋めるのは、容易なことじゃ、ない。それを、一番身近でみて分かっているのは、私の主人でしょう。(夫は、天が授けてくれた贈り者だと思っている。) ................................................... 私は、文学を読んでいる時も、まるで、自分のことのように、本の世界が自分の世界となってしまう。すべてを、目撃して、感じて、時には、それぞれの登場人物の性格が自分とちょこっとでも似ている部分があれば、その人を理解しようとして、瞬間的に、その人と一体化したつもりになる。感情の小さな、喜びも、苦しみも、笑いも、痛みも、寂しさも、全部、全部、見落とす事無く、排除することなく、無差別に味わうのだ。 いい本の場合は、特に、一冊の本が、私の全人生になり、ページを捲るごとに、本の終わりと自分の存在の終わりが重なるような感覚に陥ってしまう。だから、私は、あまり、娯楽的な本を読まないのかもしれない。でも、たまに、読む文学は、私を救ってくれる。 文学は、すばらしい。 私の日常とは、全く別の世界に招待してくれる。そして、それを、あたかも、自分の体験のように、私は、誰にも迷惑を掛ける事も無く、自由に自分の感情と向き合いながら、自分のペースで、すべて自分に起きる気持ちを確かめながら、作家の感性のとりこになって、登場人物の気持ちを体験しながら、心がとくとくと満ち足りていく。 まさに、感情のエクスタシーにたどり着くのだ。 今、読んでいる本は、ヘミングウェイのパリでの生活のことなのだが、目の前にヘミングウェイがまざまざいるようなくらい、描写が上手な伝記で、一ページを読むのも感情的にたっぷりすぎて、読めなくなる章もある。 文学に酔いしれ、 創作に明け暮れ、 音楽に全細胞を埋め尽くされ、 気がついたら、晩年を迎えている。 そんな人生は、有り得るのかしら? そんな風だったら、素敵だな。 ![]() なるべく、できるだけ、私の感情の波に人は巻き込まない方法を選び、 自分で自分の感性への欲望の波に対応する方法を見つけることが、 私には出来る気がするのだ。 それは、歴史を通して多くの芸術家が私に残してくれた作品があるからこそ、 私は、生き延びれる気がする。 命は、絶つのでなく、舞うのが、いい。 いつも、何かに恋してる、それが、いい。 私の心は、いつも、愛で溢れている。 あなたが、知らないだけで、私は、沢山の愛を、 あなたに送っています。 そう、複数、大勢の、 あなたに、 です。 ................................... 生きている間に、沢山の愛を表現する。 それが、 人間であることの、 人間らしく生きることの、 条件の一つ。 そう感じています。 2010年 03月 08日
みなさま、ご無沙汰しております。もう、3月ですね。ボストンは、まだ、たまに、ちらほら、雪が降るんですよ。今年は、まだまだ、私は、療養中の身なのでゆっくりペースでの2010年です。夏ごろには、体も丈夫になって活発になれると期待して、今は、最新のニュースをお伝えします。どうぞ、今年もよろしくお願い致します。
ライターおよび、イラストレータとして活躍しているキャットベネット氏。彼女のイラストはニューヨークタイムズなどでも見られますが、今回「The Confident Creative」という本をイギリスの出版社より出版されます。どの職業に携わる人も想像力が必要で、自分らしい表現方法を発見するツールとして、意識的にドローイングの訓練をすることで、より自分自身を超えた次元での自己を自信を持って発揮できることが可能である、とういう本です。ドローイングへのアプローチの仕方がユニークで、ヨガをする時のような精神状態で自分自身の内面に触れるということを大切にしています。絵が沢山のカラー入りの綺麗な小ぶりの本です。興味のある方は、サイトがある様なので、探して見ます。あ、ありました。ここです。本もアマゾンで、買えるみたいですね。![]() その本の中に、サンプルとして、私の作品が、なんと3つも紹介されました!そのうちの二つをアップします。色もばっちり、綺麗に出ているので、ほっとしました。 ![]() ベネット氏と、私は、人生に対してのスタンスが似ているので、とても気が合い、年齢を超えた心地いい信頼関係を築いています♪ 彼女は、自分の本を世界の美術館に置いてもらうのが夢で、まずは、イギリスと、フランスデビューが、この春決まったようです! わくわくですね! ランキングに参加中。 2009年 12月 15日
![]() この1年は、やけに早かった気がします。今週末から、3週間ブラジルに行くので、コンピュター画面との睨めっこともお休みします。なので、ちょっと早めですがこの空間に訪れてくれる皆様に楽しいクリスマスのシーズンと良いお年を迎えられますことを心より祈っております。今年も沢山の激励と応援をありがとうございました。 健康に関しては、今年は、「おもいっきりこうなったら笑うしかないくらい厄年」だったので、来年は、細胞レベルの新陳代謝を目指して、新しい出発を目指したいです。病気になったお陰で良かったことは、食材を薬として扱う中国医学に触れる機会が与えられたので、今まで以上に食と体の関係について勉強したくなった楽しみが今後できたことです♪ 興味の分野を増やして新しいことを学ぶのは、楽しいですね!早速、2冊本を注文したので、それが届くのが待ちきれません。そして、有難いことに病気を通して夫君、家族と友人たちが存在している喜びを贅沢に体験することができたことと、4人の専門職業につく方々と出会えたことです。 一人目は、アメリカ人のホメオパシーの先生でもあり針師でもあるとても個性的で魅力一杯の女性で、現在、石のエネルギー使って人を治療する事を中国人の有名な師匠について勉強しています。何故か、彼女はとても芸術的なのです。二人目は、別の針師の先生で、偶然にも、私のホメオパシーの先生の師匠であった人でした。彼が刺す針は、どれもビビっと的中するので、驚かされます。しかも、先生の気は、癒しの気です。三人目は、マッサージ師で、霊気やセラピー的なマッサージをする方です。その方は、治療代として、私の作品を受け取ってくれることになりました。そして、最後の一人は、漢方の先生です。私の脈に触れただけでどこの体の部分が弱っているかなど当ててしまい、即座に漢方の配合をちゃちゃちゃと仕上げてしまう。すごいな。そして、みんな、溢れんばかりの愛情一杯な人達なんです。どの人も、私が体を壊さなかったら絶対会えなかった貴重な人です。 一人一人の人間が、地道に自分のできることに従事することで、他の人を助けてあげられるのは、すばらしいことで、そういう分野で働いている人たちと出会えた事で、私も沢山の勇気をもらいました。人間は一人の力では生きていけないので、周りの人に助けてもらいながら、自分も人を助けることができる生活を歩みたいです。 目を閉じて、宇宙全体を金のベールで覆う。そういう日を増やしていこうと思います!では、また、2010年にお会いしましょう。 沢山の愛と勇気をあなたに。 木綿子より 2009年 12月 10日
先週、ブログに某会社と私の作品の取引の話を書きましたが、なんと、私の作品を全額きちんと払って購入したいとの申し入れがありました!この不景気の中、一体君は何を考えているんだか、おめでたい人となっていましたが、実際に、周りに振り回されず自分の心が信じていることに徹することで、起こるべきことは、起こるようです。めでたしめでたし。
2009年 12月 06日
今日は、お友達のお誕生日なので、ケーキとクッキーを焼くことにしました。ケーキは、イタリアの素朴なサクサクとしたどちらかと言うと、分厚いクッキーのようなケーキで "Torta de Meliga" といって、コーンミールとアーモンドをたっぷり使っています。甘いデザートワインに浸して食べると更に美味しいらしい。お砂糖は、買わないと断言していた私でしたが、家庭用でなく、他の人へのプレゼント用の焼き菓子などには、少々お砂糖を使うことにしました。せっかくの焼き菓子も、私流の甘くないお菓子をもらっても普通の人は嬉しくないと思ったので。クッキーを作る楽しみは、型抜きにあり!前回、ドイツを訪れた時に、私は、台所用品のお店をいくつかチェック。求めていたお菓子作りの機材に出会えませんでしたが、いくつか気に入ったクッキー型は見つけることができました。私は、 自分が何の食品アレルギーがあるのかよくわかっていないので、グルテンと乳製品は取り敢えず今のところ避けているので、両方とも試すことはできませが、試食用に焼いた分を夫君に食べてもらったら、花丸が出たのでいい感じなようです。ルン。お友達が、喜んでくれるといいな。今回は、甘いからね! ランキングに参加中。 2009年 12月 03日
医療の業界では名のある企業から、私の油絵の原画の作品を買いたいとの連絡が入った。
その会社の社長は、かなりやり手のビジネスマンなのだろうけれど、残念ながら、原画を買う姿勢の最初の一歩が間違っている。 私の作品をまるで新車でも買うような感覚なのだろうか、いろんな理由をつけて、仲買人を通して私がつけている値段から大幅の値下げを要求してきた。仲買人は、強気で私を説得しようとしているのだけれど、私は、正直言ってびっくりしてしまった。 と言うのも、私はクライアントによって作品の値段を変えたりしない主義だし、どんな理由であれ作品の大幅な値下げはしないし、しかも、コレクターと画家の信頼関係を築いてきた歴史もないのに、初っ端から不躾な要望だ。私は、そういう意味では、時間を掛けた古風なパトロンと画家の関係を築いていく伝統が好きなのだ。 相手が言うように、大幅な値下げをしても、手に入る収入は確かにそれなりの額だし、彼らのコレクションに作品が入ることは社会的に名誉なのだろうが、この限定的なタイプの「社会的名誉」に私は、普遍性を感じない。それに、こちらの足元を見ているような相手の交渉の仕方も好みではない。 相手側が欲しい作品なのに、いろいろ理由をつけて芸術家に値段を提示してくるのは、文化と品性に欠け無礼極まりないというのが、私の判断だ。それに、それこそ個人でなく企業が購入するのに、値切ってくるその精神は、いただけない。でも、こういう態度を相手が取るのは、多分、これまで多くの芸術家が、他の後々のメリットに期待し、そのような不遇の条件を受け入れ続けてきたからなのだろうと見受ける。一枚一枚の作品は、尊いのだ。私は、作品でギャンブルをしたり、作品をビジネス的な差し引きに使いたくない。 買い手が私の作品を値切らずに支払う価値が見出せないなら、買わなければいいと思う。 本当に、そう思う。 名声とか商業ベースの成功を狙っているビジネス精神一杯の芸銃家には、作品の値段をかなり下げてでもその会社のアートコレクションに入るのは夢のような話なのだろが、私は、作品の本来の価値に敬意を払わないような文化の欠けた人とは仕事がしたくない。それに、他のこれまでのコレクターを裏切ることにもなる。今後、他の芸術家にとっても卑屈な環境を奨励するような申し入れを受け入れる悪循環を作らないように、これを断ち切るのだ。 アート界は有名になったら値段がもっと上がるとか、だれだれが作品を買ったとか、悲しくも下らないことに大きく左右される幼い市場だけれど、才能に上も下も無い。これまでのように、私にとって、私の作品に揺ぎ無い芸術的な価値を見出すことができる人々との出会いを私は一番大切にしている。私は、周りに振り回されず自分の中で芸術家として胸を張って生きれる価値観をこれからも静かに歩き続けていきたい。 いつもなら受け入れられてきた成功するはずの商談が、今回は、反応が違うので仲買人は、困惑していらついているようだった。 仲買人は言う。 「じゃ、こうしよう。Xドルの値下げならどう?たかがこれくらいのXドルならいいじゃない、ね。」 「たかが、これくらい」と敢えていう表現も変だと思う。 分割払いや、貯金までして私の作品を買ってくれている若い世代がいる中で、たかがこれくらいというなら、何故それを潔く払わないのだろうか。これは、お金の問題でなく、そのせこいところが私と合わない。しかも、失礼極まる値下げ要求から、じりじり、しつこく新しい価格交渉で値切られるのは、感覚的についていけない。 ま、全額払う気がないなら、今回は、ご縁が無かったということで、私を解放してください。 ランキングに参加中。 2009年 11月 25日
作品:星空のロマンス今日、ドゥローイングが2枚売れたのに、なんだか、落ち込んでしまった。 売れた二枚の作品に、私は知らず知らずの間に心を救われていたようで、それが、もう、自分の手の届く範囲にないのが、不思議と、寂しいのだ。こういう気持ちになったのは、初めてかもしれない。この数ヶ月間、ずっと健康を取り戻すことに専念するのに精一杯で、絵を描く気力も無い中で、やっと久しぶりに想像力が沸いて描いた作品だけに、思い入れが強かったようだ。 作品は去り、作品はお金に変わり手元に残った。でも、結局、お金と作品は、ちっともつりあっていない。もっと高値で売れたら嬉しかったのかというと、そういう問題ではなくて、実際、いい値段で売れたのだ。結局のところ、お金と作品の物々交換で、作品を買った人には絵が残るけれど、お金を引き換えにもらうのは、お金だけに目を向けてしまうと精神的価値においては、虚しいことに気がついた。作品の威力と紙切れのお金では、心への潤いが、全然つりあわない。作品に値段はつけても、値段なんて、本当は、意味が無いのだ。作品を売るとは、お金から喜びを得るためでなく、自分の作品に心を討たれたもう一人の人間に出会えたことからくる心の喜びだから、作品が手元から去り、作品と摩り替わったお札をみていても、やってられない気分になってしまう。ほんと、世の中、幸せは、お金では駄目なのだ。 芸術家であることで、精神的に学ぶ事が多い。 まずは、命を込めて作品を作るのだけれど、その作品に、100%愛を注ぎつつも、作品自体に執着心を持ってはいけないということ。というのも、時間を掛けた作品が、結果的に失敗したら、白紙から新しい作品を描かなくてはいけないし、愛する作品ができてもすべて手元に引き止めていたら画家として生活していけないし。それに、出来上がった作品が、何かの過ちで、破損したりすることもあるし。何よりも大切な作品だけれど、執着をしてはいけないということ。これは、他の事にも応用できるので、精神の健康を保つためにもいい修行なのだ。 私の報酬は、すべて精神的な喜びに掛かっているのだ。作品を制作できる喜び、与えられた才能を発揮できる喜び、そして、人を喜ばせることができることへの喜び、そして、私の作品を分かってくれる人と出会える喜び。そのために、私は、生きているのだ。お金じゃ、この喜びの代理すらできない。 今回の二つの作品の購入者は、女性のお医者さんで、私の作品を通して彼女と知り合ってもう6年になる。彼女は、知り合って直ぐにロサンゼルスに引越してしまったけれど、親戚がニューイングランド地方にいるので、サンクスギビングあたりになると、毎年連絡が入り、親戚の家に行く前に私のアトリエ訪問に来るのだ。 知り合った当時は、彼女と私がこうして画家とコレクターの関係を育てていくとは予期していなかったので、毎回、作品を買う買わないに関わらず、私は、ただ、彼女が懲りずに毎年一回連絡をくれて、作品をみたいという気持ちを伝えてくれるだけでもとても嬉しかった。 彼女は、今回婚約者とアトリエにやってきた。せっかく遠くから来るので、我が家にも立ち寄ってもらうために、昨夜ケーキとクッキーを焼いておいた。二人ともとても喜んでくれて、私がお茶に招待することでプレッシャーになって作品を買わなくちゃいけない風になるといやなので、そうならないように、心掛けた。 彼女は、来る前から、買いたい作品が決まっていたようだ。私の大好きな作品が、私の好きなコレクターをハッピーにしている。そう思うと、気持ちも、明るくなってきた。 そうさ、健康を取り戻し、エンジンさえかかれば、いい作品は、これからだって、じゃんじゃか泉が湧き出るように私は、描いていけるのだから。さ、もらったお金で、新しい画材を買いに行こう。 ランキングに参加中。 2009年 11月 17日
![]() 体によくないということで、買わないことにして1年近くになりました。お砂糖の代わりに、ほんの少しアガベのシロップやモラシスを使ったり、あとは、バナナさんの大活躍です。クッキーにしろ、ケーキにしろ、バナナの甘さは、かなり「優しいおいしい甘さ」をお菓子に与えてくれます。お砂糖が無くても特にお菓子作りで困ることは無いけれど、私のナチュラルな甘みの焼き菓子は、私にはすっごくおいしくて、それこそすべて贅沢な100%オーガニックの材料で作っていますが、初めて食べる人にはショッキングなようですねっ! 友人たちには慣れてもらわないと、お砂糖は、一生買いませんから、私。それに、必要以上に、甘味料は使いたくないです。思い起こせば、母が昔から、お砂糖はなるべく使わない主義でしたが、私は、お砂糖カットですから、世代ごとに進化していくとしたら、果たして、私の未来の子孫は、甘味もカットするのかしら? 普通の沢山お砂糖が使われている甘みに慣れている人には、私のお菓子は、病院食かいな~という感じでしょうが、慣れとは、怖いですね。私は、一つ一つの材料の味がするおいしさに慣れてしまったので、かえってお砂糖が余分に感じてしまいます。 今回作ったのは、友達のお誕生日ケーキ。いびつだけど、できました~。内側には、自然の甘さのプラムジャムとグランマニエールとピーチ。トッピングには、バナナと新鮮なラズベリー。周りはビターチョコレートのフレーク。お味の方は、私と主人は、甘くないのに慣れているので、「お、おいし~。幸せ~」でしたが、お友達夫妻は、大きなケーキを口に頬張り、そのあと、無言でした。。。 あは。申し訳ないっ!でも、健康だよ~ん。 それが伝わったのか、2才になるお嬢さんにお土産に持って帰りたいとのリクエストがありました。 ランキングに参加中。 2009年 10月 13日
![]() 私が住むサウスエンドは、ボストンにとってNYのソーホーのような感じの地域です。スケールが全く違うので、月とスッポンですが、感覚的に、サウスエンドは、芸術家、画廊、レストランとカフェ、おしゃれなお店などが集まるヒップな町。 最近は、どんどん高級ロフトが立ち並び、ヤッピーたちが続々と引っ越してきているので、物価も上がるし、ちょっとどきどきですが、この地域のサウスエンド新聞は、毎年カテゴリー別に、例えば、ジェリーショップだったり、インテイラデザイナーとか、とにかく幅広くいろんな分野で活躍する今注目すべし一番のお気に入りを発表します。 その公共アート(Public Art)部門でBESTに私が選ばれました!South End News Honorsに私も仲間入り!これまで、二つボストン市に依頼された路上の灰色の箱に描いた絵がよかったようです!去年の暮れにはジャズバーで盛大なPartyがありお客さんとして出席しましたが、今年は、表彰された者の一人として顔が出せそうですっ!て、そんなことどうでもいいけど、表彰状って久しぶりで、うれしいな。 今年の夏は、実は、ずっと病気で静養中なので(ある処方された抗生物質が私には強すぎて、結構深刻な自然治癒力と免疫低下をしてしまい、ヨーロッパ旅行で、普通の食事をして体調は更に悪化してしまったので!)、今も体力回復を目指して静かに暮らしていますが、アートは全くできる状態でないし、病人の食事の数ヶ月間が続いているので、久々のいいニュースで、いいこともあるねん♪ ちょっと時間がかかりそうだけど、12月目指して、外に出れるくらい早く、元気になるといいな~。 今は、取り敢えず、抗酸化の食材を使ったレシピ研究を楽しんでいます。はい、私、とってもお宅です。自分を実験台に、病人でもおいしく食べれる健康食品を開発しています。 まさに、気分は、台所の科学者です! もぐもぐ、どっひゃ~ん。 ランキングに参加中。 2009年 09月 15日
今週末の19日と20日(土日)の午前11時から6時まで、SOUTH END OPEN STUDIOSが催されます。所謂、サウスエンドの芸術家のアトリエ公開日です。
いつもイベントのお知らせを怠ってしまう私ですが、これを見たボストンにお住まいの方、是非遊びに来てください。 アトリエの住所 450 Harrison Ave, Studio228、Boston MA 02118(私のアトリエは2階です)。 詳しいリンク先は、ここです。 今回は、夏のヨーロッパ旅行からの新しいドゥローイング一杯です! ![]() 2009年 09月 01日
ベルリンでは、FAT TIRE BIKE TOURに参加。すごい面白いガイドのお兄さんと22人の観光客と一列になって自転車でりんりん、ベルリンの観光名所と町を5時間探索。子供にもどったようで、とても楽しかったです。筋肉痛になることもなく、笑いの続いた5時間でした。もし英語が分からない人でも、自転車で住んだことのない町を見るのは楽しいから、これ、お勧めです! ![]() 旧東ドイツの信号機に使用されていたアンペルマンがブランド化され、グッズが発売されています。ガイドさんいわく、赤信号の止まれのサインでも、みんなを抱擁するようなアンペルマンが両手お広げている姿勢が旧東ドイツらしさを物語っているそうです。ふむふむ。 ベルリンの地下鉄の電車の中は、意外と、狭いですね~。ちょっと、窮屈だわ。そう考えると、東京の電車は、広くて、ゴージャスね。 ![]() 旅の後半は、ミュンスターに住む親戚の家で、毎晩お庭でテーブルを囲いながらみんなでわいわい夏の季節を楽しみながらの食事をしたのが楽しかったな。 ランキングに参加中。 2009年 09月 01日
義理の両親に会いにスイスにも立ち寄りました。毎回、御婆様の代から受け継がれたという数々のレシピの中から選ばれた季節に合う伝統的なスイスのケーキで出迎えてくれます。プラムの自然なすっぱさとナッツとカスタードの甘みにサクサクのパイ生地。絶品です。お庭には、沢山の果物の木があり、今は、洋ナシ、ぶどう、ラズベリーのシーズンなので、絵本の世界に迷い込んだかのように、たっぷりといろいろな果物が枝が折れそうなほどたわわに実っていて、目がパチクリなっちゃいます。 スイスは、訪れるたびに、もっと好きになってしまう国であることを発見。義理の両親に連れられて、今回、ベルンから少し離れた湖でクルージングした後にたどり着いた素敵なレストランで景色も堪能しながらの食事。(しかし、この季節は、外での食事は、蜂のようなものがブンブン飛んでいて、食卓に遊びにくるので、ちょっと怖い!)。レストランでの食事は、映画の世界のように綺麗で、同じ地球でも、場所が変われば景色も変わり、近場のドライブから、海外まで、違う土地に行くことがとにかく大好きです。今回、アジア風とスイスのフュージョン料理が幾つかの高級レストランのメニューで目につきましたが、盛り付け方は芸術的でもお味の方は、と言うと、スイスの風景と比べると、いまいち。でも、テーブルセッティングや雰囲気があまりにも素敵なので、食事のぼけた味つけは、そんなに気にならないのは確かです。実は、このアンバランスを改善していないところが、愛嬌があっていいのかもしれない。じゃないと、中立国、ポストカードの風景に囲まれた美しい自然と世界に誇れる高い生活水準の長寿国で、料理の通だったら、そろいすぎているものねっ。スイスの平均寿命は男性が77歳、女性が83歳。ちなみに、日本は、男性が79歳、女性が86歳。日本の女性は世界一!いえーい。続いて、香港、フランス、スイス、イタリアとなっています。男性はなんと、日本は、4位。あら男性軍、頑張れ。一位はアイルダンド(あんなに、ビールを飲んでいても、すごいな!)、続いて、香港、スイス、そして日本、スエーデン。(厚生労働省 2009年7月付けの発表による)。日本は男女共に、世界の長寿国で一位だと思っていたので、すこし、ショック。日本酒や焼酎よりビールの方が健康なのかと、単純に考えてしまう。 ![]() 最後に、ドイツに戻りますが、ベルリンのアルト ナショナル ギャラリーで実際にみたロダンの作品「THE THINKER-考える人」でくくりたいと思います。(人間は考える葦であるとパスカルが言っていますが、この発想自体に現代人の病気の根源があるとエカート トールは言っています。思考より、心が先にこないとだめなのです。)このポーズは、肩も凝るし、首も凝るし、ろくなことはありません。人間は、ふさぎこんでいる時でも、明るくパーっと外に出て、いい空気を吸って、生きている喜びを噛締めた方が、お得です。 ランキングに参加中。 2009年 08月 29日
![]() スイスとドイツに行ってきたのですが、毎日フランス語とドイツ語を聞いていたら、たったの2週間なのに、ボストンに戻ってきたら、英語が変になっていて、どきどき。 ベルリンは、アートーの町だと聞いていたので、とても楽しみにしていました。行く前から、「もしかして、ベルリンは将来住みたい町かもしれないから、ベルリンに引っ越すかも!」なんて思っていたけれど、ちょっと私の求めていたタイプの町より大雑把な感じだったので、暫くは、ボストンにいると思います。 ベルリンの町は、広く緑も深く、迷ってしまうくらい大きな森がところどころ都会のど真ん中にあるのには、びっくり。川沿いには、生い茂った木がジャングルのように立ち並び、自然の豊かさを感じることができる町でもあります。(この、森のような公園は、ボストンにもお借りしたい!) 古い校舎のような建物がそのままの姿でレストラン兼ビアガーデンに変身していたり、旧東ドイツの影響で、公園には、男性が裸になって日向ぼっこしていいセクションがあったり、川沿いに建てられたボヘミアン的な隠れ家的なナイトクラブや、バーが立ち並ぶ風景にも出会い、アメリカには無い文化で新鮮。食べ物もすべて美味しくて、パン屋さんの腕前も素晴らしく、さまざまなナッツ入りの黒いパンとフルーツ入りのケーキにはまってしまった。滞在したホテルは、ヒルトンとウェスティン グランド ホテル。両方とも、とても綺麗な通りにあり、場所がよくて便利なのでお勧めです♪ ベルリンは、東京やNYほど、ごみごみしていないけれど、街によっては、込み合っていて、沢山の歴史的な建物があちこちに見られます。第二次世界大戦で9割近くベルリンの町は破壊されたそうで、現在でも、工事中の地域と建物が一杯。ベルリンでのハイライトは、なんと言っても、アルト ナショナル 美術館です。19世紀中心に、ドイツとヨーロッパの油絵画家と彫刻家の作品が見れます。 ドイツに行ったあと、スイスに行ったのですが、国のエネルギーが全然違います。スイスは戦争に巻き込まれていないので、ベルンの町並みは、もう少し古く、土地のエネルギーはとても深くて静かです。ドイツは、ミュンスターにも行ったのですが、これからもっと、何かが起きそうな、若い冒険心がまだまだあり、眠っている休憩中の虎のような国の印象を受けました。 昨夜ボストンに帰ってきたので、まだ、ちょと時差ボケですが、ドイツとスイスでたっぷりとインスピレーションを受けたので、今日は、いいドゥローイングが描けるといいな。 ランキングに参加中。 2009年 08月 02日
私の好きなバンドの一つがDepeche Mode
この世の中で これほどSexyな歌声をもつ人は 私にとって リードボーカルの彼しかいない 好きといっても このバンドのことを調べたりとか 一度もしたことがない だから どこの国のバンドなのかも 知らなかった ただ 彼らの音楽を聴いているのが好きだった 活動をずっとしていないバンドだとは 知っていたから また 再活動するかも分からなくて いつの日か そういう日がきたら 絶対見に行きたいと思っていた それが 再びツアー開始 近くに来るというので 昨夜 コンサートに行って来た ............................................ 久し振りに目にした かなり 垢抜けた ステージのグラフィック 一つ間違えば ダサイのに 遊び心と奇抜さが程よく混ざっている 最高の洗練度 なんて センスがいいのだろう リードボーカルのいかにもヨーロッパ人的な ステージでの自然体でお洒落な動きとムード スレンダーで鍛えた身体を引き立たせるカットとラインの 美しい黒のシンプルな仕立てのいい洋服 瞬きをするのも 惜しいくらい 一つ一つ 目に入るものが 心地いい刺激で楽しくなる 私達の席は かなりステージに近い どれをとっても すぐに、イギリス人だと分かってしまうのが 本当に すごい アメリカのエンターテイナーのドン臭さが 一切ない ステージでの程よい演出とビートのきいた音楽 イギリス人の芸術センスに酔いしれた夜 視覚的にも 音楽的にも 美的センスがこんない合うバンドは 生まれて初めてだ すっきりする 美的感覚のよさ 予期していなかっただけに 本当にそれが 嬉しかった アートの刺激をコンサートで受けたのは 久し振り 家に帰る車の中で 私のクリエーティブな脳が活発に動いていく アメリカには無いヨーロッパ文化の懐の深さを このコンサートで感じることができた ああ、イギリスに住んでいた頃が とても懐かしい いつの日か また ヨーロッパでもう一度 暮らしたい その気持ちが再確認された 素晴らしき夜 ステージで ある詩人のポエムがバックドロップに紹介された 暗唱してしまったくらい 素敵な詩だった 帰宅して ダイニングテーブにを目を向けた まだ 開いていない友達が貸してくれたばかりの詩集に目が留まった なんと 今日 コンサートで知った Daniel Landinskyの詩集だった すべてが綺麗に 繋がる日 こういうのって 気持ちがいい ランキングに参加中。 2009年 07月 31日
今日はじめて 針治療を受けた
先生のエネルギーが 深くて安定しているので 先生の傍に座っているだけで 心が癒されているのが分かった 天職とは 自分を超えた能力を発揮できる この世でのお役目 人に善なる影響を与えられる自分の能力を発揮することで 自分も幸せで 人も幸せにできる役割を自分の意思で請け負う 先生は 天職についていた 先生と私は とても気が合った 針を打たれて寝ている間 私は 予期せぬ深い安堵感と時間に束縛されない宇宙の空間に突入した 数十分が数週間に感じるような 言葉で表現できない程 ゆっくりとした 落ち着いた平和な時間が流れた ふと その瞬間 ある事への解決法まで 天から降ってきたのだ 私はこれまで 私が呼ぶ「魔物系」と どう対処すればいいのか よく分かっていなかったので 稀に出会う怪物が私の生活に登場すると それなりに困っていた 私は 日頃 現実と関係ある夢は全く見ないタイプであるのに その人種は 場合によっては 夢にまででてくることもあるのだ 夢と言えば いつも全部すっからかんに忘れるのに 鮮明に残っている夢が ある グランパーが亡くなってから 私の夢に グランパーが白い着物を着て これまで二度ほど出てきたのだ 夢は全部 現実のシンボリズムだと聞いているが 納得できることばかり 一度目は、グランパーが亡くなってから数ヵ月後 二度目は、つい先日である 私は グランパーが夢に出てきてくれてとても嬉しかった 私とグランパーは 人生最大の無二の親友なのだ グランパーも 私との夢での再会を 嬉しそうにしていた 私達は 無言の中で いつもしていたように 多くの優しさと愛情を感じ取った お互いの心が 静かに喜びで満ち溢れた 玄関口に座り込んだ グランパーは 何か大事そうに 深刻な眼差しで 平たい大き目の白い布に包んだ箱を 私の目の前に差し出した 私に 何かをとても渡したい様子だった 何かを 私に伝えようとしていた グランパーは やけに慎重だった グランパの動きの一つ一つや 着物の着方など とても 美しかった 「アンタに 渡したいものが あるんや」と口にした その箱を 私が受け取ろうとした瞬間 突然 ある人物が玄関から現れて 真っ赤な鬼の仮面をかぶり 狂ったように踊り始めたのだ 赤鬼の仮面の傍では 沢山の蜂のような虫が ぶんぶん飛んでいた その人の周りだけが 黒よりも黒い 真っ暗闇になっていったが 踊りは 止まなかった この人が放つエネルギーは 尋常ではなかった それは 驚くほど リアルな夢だった そして、どきどきしながら私は夢から覚めた 二つ目は、つい先日のことである グランパーが 数年振りに 私に会いにきた グランパーとの久し振りの再開が嬉しくて 私の心は潤った グランパーは いつもと変わらず とても優しかった 私達は 夢の中だけれど 一緒にいれるのが嬉しかった すると また 突然 以前と同人物が 今回は鬼面で顔を覆うことなく もう一人の人と 椅子に座って こちらを観察するように見ていた その人たちは 一見すると それこそ可愛く見える ちいさな ピンクと黄緑の葉っぱでできている 綺麗な花を 一生懸命 床一面に撒いていた でも その花園は なんと ガラスでできていたのだ 私は その上を歩かなくてはいけなくて ガラスが割れて 足の裏が切れた グランパーも歩いて 足が傷だらけになったけれど グランパーは私を見て こんなことでくじけてはいけないよ、と 愛情一杯の目配せをした 椅子に座っていた人たちは 私が傷つくのを 待ち構えていたように 冷静に 笑みさえ浮かべて 眺めていた この光景は すべてのこのタイプの人々の特質をを映し出していたので 私は 見覚えのある感覚に ぞっとした グランパーは どってことないように 私に見せるように ガラスの花の上を堂々と歩いてみせた 私は 大きな愛情に包まれて 勇気が漲った どんな事が起きようとも 愛と光のパワーは絶対なのだ そして、私は 安心して夢から覚めたのだった 人間には ざっくりと分けて「癒し系」と「魔物系」がいる (突き詰めると輪廻の回数と関係してくるので、話が長くなるので 冗談も込めてここでは「魔物」とさせていただきますが!) 魔物系は 人の足を引っ張るだけでなく 執拗に 人の心に敢えて害を及ぼすことで 周りとの調和を破壊する 更に厄介なことは こちらに執着してくるので 危険な人種 彼らの共通点は、他者への支配力願望の強さと 自己への愛と自信の欠乏により 理解を超えた意地の悪さがあることだ 幸い まだ一握りだけれど こういう稀なタイプと出会ってしまった場合の対処法に バリアーっと言っても あまり効果がないことが 自分の経験から 証明された はは。。。 それが なんと 今日 どうすれば いいのか 分かったのだ♪ ばんざーい!! 「このタイプの人間が生み出してきた害とすべての過ち、そして、これからも多分に自己が目覚めない限り 生み出し続けるであろうすべての過ちを許し、受け入れる。そして、彼らが本当に幸せを見つけれるように天にお願いしよう。」 そう分かった瞬間 私の光の気流が広がり 私は 空にぐんぐん上がり この惨めな人たちは どんどん下がって小さくなっていった 私は この人種の闇の呪縛が 届く場所には もういなかった 今のままでは これからも 一番苦しむのは 彼らなのだ 闇を囲う性質は 己を含めて 誰をも幸福にしない その性質は 自己破壊的であり 己を腐敗するだけなのだ どんな人間にも 幸せになってもらいたいと 心から本気で願う 一人一人が 幸せで 自分以外の人にもちょっとでも優しさをもってくれたら 世界は幸せのエネルギーで充満される 人が社会の中で 普通に楽しく日々を送るということでさえも 難しいことなのに 人間同士が短い人生の中で 人に害をもたらすのは 持ってのほかである 暗黒で沈滞している人々が いつの日か 自分の内にある光に導かれ 人として生まれてきた美徳である 善意と清純な愛と精神性に触れ合えることを 願う 針の治療中に 沢山の叡智に触れれると友人が言っていたけれど 本当に そうだった 私の今日のオーラは とってもいい♪ もう魔物系には 翻弄されることは ない 体の気流が整うことで 宇宙の流れとも 合流でき 沢山の叡智の宝庫と出会えるとは 素晴らしいことだ 人間は 宇宙の流れの一部なのだから 素敵だな 今 気がついたことがある それは、グランパーが 私に渡そうとしたものは 人生を より幸せに生き抜くために 人間本来の 豊かな 精神性を保つ為の 知恵の箱だったのかもしれない ランキングに参加中。 2009年 07月 31日
2009年 07月 28日
義理の姉から楽しいメールが届いた。なんと甥がドイツのミュンスターの地元の新聞に載ったのだ。ドイツの学校に通う甥と同じ学年の100人が先生から与えられた課題は、何か一つのことについて1年間研究するという内容だった。それを聞いて、ドイツ教育はなんて進んでいるんだろうかと関心した。それぞれの生徒が、チェスについて、チベットの仏教について、そして、兄弟コンプレックスについてなど個々の興味あることに取り組んだそうだ。なになに、8歳にしては、なんだか見解が広がる内容で驚いてしまうぞっ。 そんな中で、私の甥、登場。 言うまでも無くフランス人の母を持つ甥は、小さい頃からのチーズ通。甥が幼児の時からチーズの塊を嬉しそうに食べている姿をずっと目撃してきた私。私達は、毎年、一緒にバケーションを過ごしている。大学時代に仏文を専攻してよかったと思う時は、まさに甥と姪と一緒に時間を過ごす時である。人生とは、面白い。まさか、こういう場でフランス語が私を待っていたとは! 今回、名誉あるミュンスター城で行われた研究結果の発表会では、100人の生徒の中から一躍レポーターのスターに!彼のチャーミングな衣装とプレゼンテーション、そして、34頁にわたる研究内容がレポーターの心を虜にしたようだ。それに付け加え、チーズ程素晴らしい食の文化を無視できる人がどこにいようか! 甥は、物語を語ったり、話を伝えるのがとても上手な頭の回転が早いウイットに飛んだ子なので、今回、その才能を認められて叔母ながら実に嬉しい。 ランキングに参加中。 2009年 07月 27日
![]() 今日は、親しくしているお友達のお嬢さんのお誕生日。 毎年のように、ニッキーが私達夫婦を真っ先にゲストリストに指名してくれるのだという!数年前まで三輪車をコキコキこいでいた小さなニッキーが沢山のお友達に囲まれて成長していくのを見るのは実に嬉しい。ニッキーのお誕生日のあらゆる瞬間をカメラに収めたい。私は写真を撮りながら、小さいころ、アメリカに住んでいた時の自分のお誕生日会の写真が蘇る。ブルーのドレスを着て冠をかぶり、にやけ顔の私が10人くらいのお友達と嬉しそうにソファーに座って写った写真。お誕生日会は、子供の心に大きな印象を残す、それこそ、大イベントなのだ。親に囲まれ、友達にお祝いされる、とても楽しい無邪気で平和な日。今日のこの日の祝福は、いつか、大きくなったニッキーが写真を見た時に一生心に残る大切な日になるのだ。 私も小さい頃、今想像してもわくわくするようなお誕生日会の数々を母が企画してくれた思い出は、私の今日の心に、あの時以上に夢を一杯与え続けてくれていることを思うと母に感謝せずにはいられない。あの特別な日の楽しさと喜びを思い出すだけで、多くの想像力と愛情で私の心は満ち溢れるのだ。日本に帰国した後も、母は、アメリカ式のバースデーパティーの伝統を我が家に取り入れてくれた。みんなでできる沢山のゲームの数々、来てくれた人にお礼のプレゼントが詰まった袋の用意、手作りのケーキとお部屋の色とりどりのデコレーションに風船。どれをとっても、幸せ一杯の心が躍る思い出なのだ。 お庭には、いくつかのゴムでできたプールと登って遊べる水が流れるアスレチックの装置が取り寄せられ、沢山の子供達が嬉しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる平和な土曜日の午後。日差しがやけに暑い。 ニッキー、お誕生日、おめでとう。そして、招待してくれて、ありがとう。心の中で呟いた。 お庭の反対側の大きなテーブルには、今年はなんとピンクと水色のドレスを来たバービー人形のケーキが二体用意されている。毎年、ケーキが凝っているのでそれを見るのも楽しい。そして、いつものように沢山のブラジルの美味しい前菜が次々に並べられていく。 子供は、子供の世界ではしゃぎ、大人は、大人の時間をのんびりBBQ(バーベキュー)をしながらお酒を嗜み、皆が楽しめるニッキーのバースデーパーティーを密かに毎年私達夫婦も心待ちにしている。 ランキングに参加中。 2009年 07月 03日
明日からキャンプに行くので、その食事の準備をしています。つい先日、お料理番組で美味しそうな丸焼きチキンをしていたので、私も、早速、オーガニックの鶏さんを買いました。
洗って、お塩をすりこむのが第一ステップ。 チキン。勿論、死んでます。 一羽まるまるチキン君は、テレビで見ているのとは違って、実際に一羽の死んだ鶏に触れるのは、とても生なましくて、映像と体験のギャップの驚きとショックは大きかったです。。。 脚を切られ、頭があったところの首の筋肉がちょっと出っ張ていて、羽を毟られた鶏の姿。 でも、これが、生き物を食べるという、ことなんでしょう。 こうして、殺されて、遥々と私の食卓へと来たわけですが。。。 普段、切り身でパッケージされているものしか買っていなかったので、こうして、 一羽の鶏を、ど~んと目の前に置いて、鶏さんの体にお塩をまぶしながら、私は、死んでいる鶏と猫や犬の死骸はなんら変わらなく、自分のしていることが大層野蛮な気がしてしまい、その得たいの知れない気持ち悪さが今も払拭できないです。。。これから頂く食材に、静かにありがとうをいいながらも、ごめんなさい、しか思えなかったです。自分でもそれには、驚きましたが、なんだか、手も震えてしまいました。 この鶏さんは、殺されたとき、苦しかったようです。 実は、私、心臓のある生き物を食べるのに、抵抗があります。。。 でも、それがエスカレートすると、何も食べれなくなるので、 お魚は、たまに、食べるのですが。。。 この8年近く、牛肉は食べないし、豚肉も、家でお料理することはまずなく、不思議と、 全部、環境問題だけでなく、精神的に食べたい気が全く起きなかったからなのですが、 この鶏への気持ちに自分でもびっくりしています。でも、よく考えたら、3年前くらいに、同じような体験をして、でも、鶏肉を食べれないとなにかと困る状況に置かれていたので、今まで自分の気持ちを封じ込めていたのに今日気がつかされました。 命あった生き物が、目の前で、私が食べるために、死んでいる。 お魚やお肉を買うときは、切り身でなく、まるごとちゃんとたまに買って、 その生き物を見て、それに触れて、自分ではらわたをとったり、お肉を綺麗にしながら、 何の生き物を殺して私は生かされているのか、そして、その命を奪った必要性があったのかなど、考えることで、食べるという行為の食への新たな気持ちや捕らえ方が芽生えました。この飽食といわれる時代に、身が引き締まる、貴重な朝でした。 私の自論ですが、人類は、歴史的に見て、進化していくと共に、 自然の流れで肉食から少しずつ脱していく気がします。。。 さ、気分を切り替えて、久しぶりに、綺麗だなって感じられる ドローイングを描きたいと思う!鶏さんの魂にささげます。 あなたの貴重な命は、無駄にしません。 無知だった私を気がつかせてくれて、ありがとう、です。 ランキングに参加中。 2009年 06月 29日
![]() 私と主人は、数ヶ月前から、友人が主催するかなり本格的な世界のグルメ料理を作って会食する集まりの仲間入りをしたのですが、ここでは、順番にホスト担当になった人が、パーティーのテーマとメニューを決めて、みんなで手作りのお料理を作ってその人の家でパーティーをします。今月のパーティーのテーマは、ギリシャ料理です。 早速ご近所のシリア食品を扱うお店へGO!このお店は、ひっそりとしているので見逃しやすいです。これまでに、まだ、数回しか行ったことがありませんが、いつ行っても、じっくりといろいろ見入ってしまいます。私の担当は、焼いたプラムにギリシャヨーグルトとヘーゼルナッツと熱で処理されていない蜂蜜をかけていただくデザートと、グレープリーフにお米、松の実、干しぶどう、ハーブ等を詰めてゆっくり煮る前菜のStuffed Grape Leavesを作ることになっていたので、ぶどうの葉っぱを買いに行きました。このお店は、沢山の珍しい食材が棚の上から下までびっしりと並べてあって、ついつい、関係ないものまで買ってしまいお財布はピンチでしたが、とても楽しいお店なので、写真をパチリ。お店で働くロモーンさんは、シャイですが、親切で、いろいろ説明してくれます。また、行くからね~!地元のお店を支える為にも、今後は、もっと活用したいです。 2009年 06月 28日
先週、お友達と二人で、我が家で一緒にパンを焼くことに。お昼も一緒に作って、結局、予定外の、そば饅頭まで作ってしまい、楽しい会話をしながら、せっせと手を動かし、口を動かし、あっという間に時間が経ったそれこそ「優雅な主婦の時間」と感じる時を過ごしました。こういうことは、めったにしないので、特別で贅沢な時間だね~と二人で口を揃えては、言っていたのでした。お友達は、ガーデン作りの名人。彼女は、なんと、朝、自分のガーデンで育てたお花をわざわざ摘んで私に二種類のブーケを作ってもってきてくれました。彼女の優しさが、お花にも現れています。これほど、趣味が一致している花束を頂いたのは初めてというくらい、ドキンとする、美しい花たちでした。香りも素晴らしいのです。それこそ、シャネルのバラの香水を思い出させるような、バラ園のエレガントで強烈な香りが風で届くように、新鮮な香りがお花に凝縮されていました。 自分で育てた手作りのお花は、お花屋さんで買うのと全然威力が違うんですね。生命力と香りが違う。アスチルベというピンクのふさふさのお花は、これまで私は見たことが無く、バラとの組み合わせがとても上品で、素敵すぎでした。この花束をくれたのが、女性でよかったです。ほ。彼女にもそう伝えました。 男性諸君、お花は女性の心を捉える- ま、女性に限らず、人間全般にいえることでしょうが...- 威力があります!しかも、手作りで育てた素敵なお花のブーケでもあげようものなら(かっ、感激!)、もう、その日は、女性にとって一生忘れられない日となるでしょう!手作りのお花は無理でも、女性を喜ばせようと思うなら、趣味のいい、愛らしいお花を!なんか、本題からずれてしまいましたが、奥さんに、お母さんに、お嬢さんに、おばあさんに、特別な日でない時でも、日頃の感謝と愛情を込めたお花を送りましょう。 彼女にお花の名前を聞いたら、メールを送ってくれました。 以下の通りです。どれがどれだか、分かるかしら? 一輪挿しのお花 ・黄色バラ・・・モリニュー ・エンジのバラ・・・L.D.ブレスウェイト ・紫の花・・・バーベナ・ボナリエンシス 大きな花瓶のお花 ・蕾がたくさんあるピンクのバラ・・・ニュードン ・たくさん開花しているビンクのバラ・・・ボニカ88 ・薄紫の花・・・キャットミント ・紺色の花・・・サルビア・メイナイト ・ピンクの花・・・アスチルベ ランキングに参加中。 2009年 06月 17日
体の排毒作用を促すには、新鮮な野菜ジュースがいいということで、最近、毎朝違う材料を使って、楽しみながら手作りジュースを作っています。最初は、野菜や果物を丸ごと飲んでいたのですが、繊維入りだと飲みにくい!という以外にもデリケート?!な主人の一面を発見。なので、ジュースをこすことに。でも、その残った繊維に大切な栄養分が入っているから、捨てては意味が無い。そこで、新しいレセピを発明。ジュース作りで余った果物や野菜の繊維を混ぜて、パンやクラッカーを焼いています。クラッカーは、有機栽培のそば粉、ロールドオーツ、アマランサス、自分で粉末にしたはと麦、キヌア粉などをまぜまぜして、ブルーベリーとニンジンの繊維で甘みを出す。油も、お砂糖もない、自然の味のクラッカー。 食べているだけで、健康を手に入れているような、強烈なヘルシー味。 やみつきになるかも。香ばしくて、美味しいです。 しかしながら、、ジュースの繊維をとって液体だけ飲むと血糖値があがりやすくなるので、やはり、主人を説得して、また繊維入りも飲むようにしましたが、ジュースをこした場合、それを使って違う味のクラッカーを焼いたり、それをどう上手にお料理に使えるのかを考えるのも今は新しい楽しみの一つとなっています。 小さいころ、田舎に遊びに行くと父方の母が、畑から採りたてのお野菜で青汁を朝作っていたのを思い出します。祖母も新鮮生ジュースを作っていたことを考えると、気持ち的に、私も応援されているようで、私もきっと続けられると思います。祖母の青汁はすごく綺麗な緑色で、味も美味しかったのを覚えています。 私のは、飲みやすい日とそうでない日と両方あります。今日は、にんにく、ヨーグルト、ビーツ、ニンジン、フラックスシードオイル、そして、初めてクロレラの粉とたんぱく質の粉を入れてみましたが、ついつい、あれも体にいい、これもいい、と思って入れちゃったのですが、色が汚くなったので、飲むのに勇気がいりました!味は、見た目より悪くなく、そのまんまの素材の味がしました。 私が実際に試して、美味しいヘルシーを研究中です。 いつの日か、みんなに喜ばれるような、でもちょっとマニアックなヘルシーで楽しい創作料理を日々実践できるレセピ集を出したいな。 ランキングに参加中。 2009年 06月 10日
最近健康的な生活習慣をまた自分の生活に取り入れたいと思い始め、いろいろ自分の本棚にある本に目を通している訳だけれど、やはり、これだ!と行き着いた本は、皮肉にも、私が一度はとてもはまり、そして、最近興味が薄れつつあった「マクロビオティック」の本だった。
マクロビの基本食は日本食の材料なので、こっちでは手に入りにくいものは現地で入る食材を上手に利用して、本にも書いてあるように臨機応変に対応することで、もう一度、やってみようという気になった。内容が、あまりにもいいので、自分が納得いくものを実践した方がやる気もでてくるし、マクロビに興味がある方、無い方でも、マクロビって何?と思ってくれたら、必殺、一冊お勧めの本はこれです! 日東書院から出版されている「12日間集中講座 岡田恭子のハッピー マクロビオティック教室」1000円 この本は、小さくて薄いのに、綺麗な写真付で、沢山の役立つレシピとマクロビの基本の考え方や知識を分かりやすく説明してくれて、教えてくれています。たとえば、食材や体質の陰陽の見分け方、三白の害(白米、白砂糖、化学調味料)のこと、また、人間が排毒する方法は三つあり、排便、発汗、呼吸であり、深呼吸ができない人は、最初は、息を吐くことで、次の呼吸が深くなるので、まずは、息も食物も「出すことが大切」だということ、などなど、健康フリークには読んでいて楽しくなる情報が詰まっています。 この本には、私が今、まさに、実践していることの基本理念である、気、血、動についても触れていることに、目から鱗が落ちた感じがしました。3年前、私は、これを読み落としていたのでしょうか! 「ストレスがなく「気」持ちが安定していて、よい「血」液で、適度な運「動」ができていれば、人は健康なのです。「血」の問題解決には正しい食事です。もうひとつ大きな効果をあげるのは「動」。排毒効果のある発汗と呼吸を一度にできる運動は、健康に欠かせません。」 頁52より抜粋 いかにも当たり前のようなことが書いてあるように思われますが、実際に、太極拳で、意識して息を吐き出し、呼吸をする訓練を受けている私には、胸にしみる言葉です。昨日の太極拳のクラスでは、先生が、人間のふくらはぎには、老廃物がたまるので、人にとっての「ごみ箱である」と教えてくれました。確かに、深呼吸をしながらストレッチをすると、アキレス腱からふくらはぎが痛いです。でも、その痛みも、驚くほど、最近減ってきています。 この本にも「人間は脚から死ぬ」「脚は第二の心臓」とも言われていることや、足首の動き=腸のぜん運動であることが書かれています。 今、私が取り入れている生活習慣を応援してくれるように、再び必要な情報に出会えて、嬉しいです。私は、アレルギー持ちなので、食の面では、それを改善するには、お砂糖、果物、お酒を摂取してはいけないのだそうだけど、え!!この三つ無しで、人生楽しめるのか(私、チョコレート、果物、ワインが大好きなんです!)、ちょっと自信がありませんが、ま、ほどほどに、やってみます。果物も駄目だなんて、知らなかったな。。。ほどほどじゃ、効果が出ないのかな。。。林檎もバナナも大好き。ああ、どうしようっ。でも、チョコレートとワインは絶てません。そして、この軟弱な決意がいけないと思うんだけど、一日ずつなら、できるかも。 アレルギー改善 VS 食いしん坊 迫力のある対決になりそうです。あ、これがおかしいに違いない。 イコールで結ぶことにしよう。対決していい効果は、あり得ないからね。 アレルギー改善 = 脱食いしん坊 ランキングに参加中。 2009年 06月 10日
![]() 夜は少し肌寒かったけれど、5月の末に、今年初のキャンプに行ってきた。 場所は、ボストンから、約1時間半離れたタリー湖。 朝方、6時前に起きて、外に出たら、目の前は、絵の中の風景だった。 ニューイングランド地方の画家はよくこういう風景画を描くけれど、画廊で目にしてきた風景を目の前にするのは初めてだった。 霧が立ちこもり、水面に反射している森。 妖精たちもビバーも、わたしも、自然の一部に溶け込んだ。 2009年 06月 10日
3年前くらいに火がついたように体にいい食生活に興味が沸いて、食生活の素晴らしさで日本食に勝るものはないので、日本に帰国するたびに本屋さんでお料理の本を探すのが楽しみとなった。よく考えたらクッキングは中学生に入ってからだけれど、お菓子作りの面白さを思えたのは小学生高学年になったか、ならないかくらいの時からだった。最近、本棚を整理していたら、イギリスの寄宿学校で生活していた中学時代に受講したお料理のクラスのノートが、他のレシピ集と混ざって出てきた。そっか、私は、ずっとお料理好きだったんだと、自分の過去を振り返って気がついた。これも、母と姉ゆずりだろうけれど。レシピに目を通すのは、私の趣味の一つと言える。 栄養学や、食事法で体の健康を維持する本など、かなり、いい内容の本にも近年出合えた。(英語ですが、Food and Healing by Annemarie Colbinをお勧めします。いろいろな食事法を栄養学的に留まらず、スピリチュアルな観点からも分析していて面白いです。)ますます食事と体の密接な関係を知ったことで、できるだけ野菜中心の自然食、マクロビ的な食生活を送ることを心掛けていた。 それが偶然、去年、ある「国際的なマクロビの会」のようなものがボストンの郊外であり、たまたま、私はそのとき、バスガイドの仕事に興味があったので、インターンとして日本から来たマクロビの会の人たちをそこにお連れすることになった。(バスガイドはある意味で太っ腹でどこか神経が据わっているタイプがいいらしい。私のように、一人一人に注意を払うタイプは、気疲れしすぎてしまい向いていないことが分かった。) 私は、本を読んでマクロビを実践していたので、実際に先生について日本でマクロビをしている人たちに会えることにちょっとわくわくしていた。 早速先生という人に、話し掛けて、私もこっちでマクロビしていますが、結構大変です、 というようなことを言った。 先生は間をおくことなく次のように、私に言葉を冷やかに発した。 「あなた、先生にはついているの。本なんかじゃ、だめよ。先生にちゃんとつかないと。 マクロビは、生き方ですからね。い、き、か、た!」と、不機嫌そうな渋い顔をして言う。 わたしは、しらけてしまった。 生き方と強調して言われたものの、バブルが弾けたご時世に、まるで、80年代にさかのぼりしたかのようなブランドを頭から足の先まで身につけ、不自然に茶髪に染めた髪の毛に、がりがりに痩せた体、そして、意地悪な雰囲気を出しまくっているこの人が生き方を人に論じるマクロビの先生だとしたら、この人から何をどうお手本に生き方を学べばいいのか、私は、疑問に思った。まさに、「こうなっては、いけませんよ」という事をその日学んだことができたと考えれば、教えられたこともあった。 生徒さんたちは、彼女を崇拝していた。私は、自分流を楽しめばいいのだと思いつつも、マクロビへの興味がこの日から一転して少しずつ冷めていったと同時に、何事も、はまりすぎると、結局、柔軟な対応や物事を多角的に捉える姿勢を忘れてしまうので、不健康だとよく分かった。 それまで、マクロビと今回のこととは関係なく、お料理は想像力を刺激するし楽しかったので、家によくお友達などを頻繁に招待し料理をして喜ばれていたけれど、徐々に、この数ヶ月、何故か、料理熱も冷めて、「あんなにいろいろな創作料理をしていた毎日は、なんだったのだろうか?」と思って笑ってしまうほどまでに最近なっていた。手の込んだ料理というものが、恐ろしくさえも感じていた。 が、しかし、以外にも、へルシーライフへの興味がまたもや、復活してしまった。 3週間前から、毎日ヨガと太極拳のクラスに通い始め、体が食生活のバランスも必要としているのを感じるようになってきて、久しぶりに、本棚に溜め込んであるお料理の本に目を通している。 最近、我が家でブームになっていた新鮮なパイナップルとココナッツミルクで作るピーニャコラーダを楽しむ夕食とも、お別れだ。お酒をほどほどにしなければ、毎日、おうちでの宴会では、いけませんね! つい、数日前、たまたま行った洋服&雑貨屋さんに、アメリカ人のナチュラルライフのレシピの本が目に留まって、これまで、いろいろ探しても満足行くも物がなかったけれど、この本は、避けるべき種類のお砂糖や油のお話や、日々の生活に取り入れるべき世界の珍しい雑穀のことなど、初っ端から基本的な健康食の姿勢を紹介しているのが気に入ったのと、本のレイアウトも垢抜けているから見ていて楽しいし、マクロビより使っていい食材に幅と余裕があったので実践できると思って購入した。 キャノーラ油は体にとても悪いことは知っていたし、グレープシードオイルも、殺虫剤だらけで薬物一杯の危険な油だと母から聞いていたので、そのことがこの本でも書かれていて、知っている知識を共有できるのは嬉しかったのと同時に、オリーブオイルは、ただ単に、有機栽培のエキストラバージンを選んでいた私だけど、コールドプレス、フィルターされていないものを選ぶことでより自然にちかい状態での油を体に取り入れられことなど、食材の選び方について知らなかった知識を得れて、この本はとてもとても楽しい。 これからは、ゆっくり、健康的な食生活と日々の生活を遅れるように楽しみながら知識を少しずつ広げていこうと思う。そうすれば、プレッシャーや、苦にならないので、長続きするしいいことだらけだな~。 新しい、レシピを一杯作っちゃうぞ! ランキングに参加中。 2009年 05月 20日
昨日、仏教徒の友人に誘われて彼女の所属する仏教の会が催すミーティングと夕食会に行ってきた。私は、自己の精神進化において宗教に所属する必要性を感じないので、私は無宗教者である。でも、神なる存在を信じないというのではない。宇宙のほにゃららら的な存在は、人から教えられなくても感じている。人間の本能は、自分の中にもあり、そして宇宙と繋がっている偉大な存在を感じ取れる能力が備わっているんだと思う。
宗教が人の不安を鎮め、幸せを見つけるために「神様への考え方、接し方」のような規則を作り、団体でその考えを支え、自分達が作った教えに基づいて生きることに喜びを感じることができるのであれば、それはそれで、いいと思う。それぞれの人生の選択は、自由だから。 会員は、お経を読み上げることが人生を変える力を彼らに与えると、それぞれが違う言葉を使ってみんなに発表していた。お経を読み上げることを怠ってはいけない。読みげれば読み上げるほど、内なる力は強くなる。 私は、それを聞きながら、その意味がよく分かったし、彼らの感情も理解できた。そして、分かりやすいように、自分なりに、分析してみた。 お経を読んでいる間、頭は自然と空になる。休むことなく忙しく働いている頭と体に溜まった日々の老廃物、うっぶんなどから開放される内面の浄化作用を体験する時間。 一日の中で、目を瞑ってお経を読み上げる時間は、まず、努力無しては、できない。 お経を読む行為には、意識的な目的がある。何事も、意識的にすることには、効果があり、それは、科学的にも立証されている。人間の思いは、影響がある。だからこそ、いい事を考えることは、いい影響を生み出す。お経を通して彼らの言葉を借りれば「悪魔に負けず、強さを見に付け、幸せになる」意識的なポジティブな気持ちを自分に言い聞かせることは、誰にとっても多分に効果的であろう。 外的な刺激に振り回される時間から離れて、お経を読む時間は、自分の内なる平和と光に目を向ける神秘の時間ともなる。声が音となり、音の波動が喉と脳へ、そして内臓を通して体中に広がる心地よさ。読み挙げているお経の意味は、いい言葉なので、体の細胞も喜ぶ。 みな、お経を読み上げた後は、リフレッシュして、生まれ変わったように強い自分と出会えるという。それも、利に叶っている。声を出すか出さないかの違いだけであって、お経と瞑想は、どこか似ている。内なる光と触れ合う為に、邪念を振り払う。内面が洗浄されれば、見も心も軽くなる。そして、身軽さは、強さになる。 どういう方法で、人が、日々の辛さや社会の重たさと対面し、それとうまく付き合っていくのかは、個人の選択になるけれど、より多くの人が他人に押し付けることなく自分にあった方法で精神性の強さと光を見つけることができれば、宗教云々に関係なく、いいことだと思う。 瞑想は、頭の音や感情の動きを消すのが難しい時がある。瞑想は、絵で言うと、抽象画のようだ。頼るものがない出発から自分の想像で確信できるものと触れ合うことで、別の次元の現実を体験する。お経は、写実画のようで、想像しなくても、そこには言葉が用意され頼れるものが既にあるから、私のような初心者には、いいかもしれない。 私も、たまに、自分の心に響く言葉や文章をまとめて、それに没頭して、1時間くらい読み上げてみようかな。 想像しただけでも、効果がありそう! ランキングに参加中。 2009年 05月 20日
![]() 油絵 「恋人たちの唄」 117cmx 111xm ...................................................... よく、どうやって作品が出来上がっていくのかを聞かれます。 私の場合は、どの作品に対しても最初にデッサンをして、それを見ながら作品を描いて行くという方法に想像力の無限の可能性と喜びを感じないので、作品は、無から入ります。私のクライアントは、大抵、私の作品過程を理解してくれている人が多いので、最初に、結果となる作品のデッサンを見せてというような野暮なことは言わないので、嬉しいです。最初から結果が分かっているような作品は、私には描く気も起こりません。アートのパワーは、未知なる無限の想像力の可能性に触れる環境を作ることにあると思います。 私にとって絵を制作するのは、生き物を扱っているのと一緒なので、すべてが一点ものです。書道で言えば、自分の書いた作品を次の新しい紙の下に敷いてなぞることが無いのと一緒です。作品の精神性とエネルギーを人間が感じ取れるからこそ、全く同じ作品を繰り返して作る姿勢は、私が芸術において追及する美と想像の大きな流れに反していて、金太郎飴のように同じものを繰り返し作る作業が可能な場合は、私にとってもはやアートではなくなります。それは、表現と感情の幅の動きが制限されたリピートが可能なタイプのクラフトの熟年した技術と根気を披露する、所謂、自由よりも、厳しく律っされた中で表現する美の世界に入ります。どっちがいいとか、悪いとかではなく、作家が意識的に目指す目的が違うので、全く別の感情の空間が表現されているので、それぞれに意味のある世界です。最高の工芸には、アートには無い秘められた穏やかさと静けさと統一された精神力と根気を感じるのは、それ故でしょう。 絵を描き始めるときは、私は毎回初心者の気分で、緊張感と、わくわくとどきどきが入り混じっています。油の作品は、数ヶ月、大き目の作品であれば、時には、数年掛けながら、自分の好きな色や、形を描いて私の世界のムード作りとでもいうのでしょうか、それを作っていき、目に入る色や動き、素材感に機敏に反応して、じっくり対話して、心と目と脳の動きが一致して、絵ができていきます。レントゲンで完成の絵を撮影したら、多分、そこに行き着くまでに、30枚くらい違う感じの絵が存在していると思います。 自分の想像を超えた世界と出会うために沢山の時間を重ねながら絵の具を付け足したり、消したりする作業を繰り返し、最終的にできた絵が私が現時点で行き着ける表現の最高地点です。この作業は、ものすごいエネルギーがいります。でも、作品が仕上がると、次の作品は、もっとエネルギー的に高い場所に行きたいと感じます。 作品完成後や制作中に作品制作過程のドキュメントの過程を見るのは、ちょっと怖いです。こんなに沢山のレイヤーを描き足して、私の作品は、やっとできるんだと、気の遠くなる制作過程を再認識できますが、自分では、あまり意識していなので、夢心地的な変な気分になります。 最後の方は、鶴の恩返しではありませんが、いよいよ最終の段階に入っていくと気持ち的に集中力も高まっているし、特に記録として残したり、見られたりすると裸にされているようですべて台無しになってしまうような気になって、ドキュメントの写真も何故か撮らなくなるので、仕上がりは、完成作品に近いものにジャンプしてしまいます。 では、作品制作の「とても大雑把」な過程をお見せします。 最初から最後までには、おおよそ7ヶ月くらいの月日が流れています。 (注意:乾かさないといけないし、充電も必要なので、毎日、描いている訳ではありません。) ![]() ![]() ![]() ランキングに参加中。 2009年 05月 16日
いつの日か、大自然の中で暮らしたいなってよく思う。
毎日、頭と心が忙しすぎて、ついつい体を労わる事を蔑ろにしてしまう。 体と、頭と、心のリズム。 この三つのバランスがちゃんと取れて、初めて、まともな人間になれるんだと思う。 先週から、また、ヨガのクラスに通い始めた。 先生の見よう見まねで、教えられる通りに動いてみる。 なんだか、園児に戻って、幼稚園のお教室で、お遊戯をしているような気分になった。 無邪気だとか、天真爛漫とか、大人になって縁が薄れる感情が、自分の中で湧き出した。 私の心は、生きていた。 体を動かしながら、日ごろ無視されていた呼吸や気の流れや、意識と体が一体となっていることを感じた。 その瞬間、少しだけ人間に戻れたような気がしてほっとっした。 自分の中の古いものを排除して、新しい生命の息吹を取り入れるには、 意識的な努力がないと、駄目なんだね。 そう、わかっていながら、ついつい楽な方へと、いってしまう。 でも、結果的に、楽が苦痛になったから、もう逆戻りは、したくない。 ランキングに参加中。 2009年 05月 05日
![]() ボストン市からの今回のボックスに絵を描く依頼の指定先は、私の住んでいるサウスエンドの通りから歩いて5分のところです。学校の真横で、丁度、消防署の交差点の斜めのところにあるボックスなので、絵を描いている間、毎日消防署のお兄さんたちの視線を背中に感じました。こっちの消防署のお兄さん達は、ガレージに入れてある消防車を背に道路に向かって椅子を出し、お天気がいい日は座っておしゃべりしている光景を見ますが、たまに、路地でホッケーとかもしていて、お茶目です。 絵を描いている間、何度か消防署のお兄さんが数人私の様子を見に水を持ってきてくれたり、話掛けたりしてくれました。今回のボックスは前回より小さかったので、毎日午後から絵を描きましたが、それでも、5日間かかりました。最後の方は、珍しくも丁度暑い日が続いていたので、頭が朦朧として倒れるかと思いましたが、無事、完成!今回は、TAXIの運転手さんや車を運転している人たちが沢山クラクションを鳴らしながら絵を描いている私の方を見ながら応援のエールを送ってくれました。 実は、このプロジェクト、ものすご~く体力がいるので、次に依頼されるのは1年後とかでないと、外で描くエネルギーは、しばらく無さそうです。アトリエで油が描きたい!来週は、アトリエで没頭します! ランキングに参加中。 2009年 04月 18日
![]() ![]() メキシコのユカタン半島に行ってきました。ユカタン半島は、太古の歴史の繋がりが現在も流れていているとともに、大自然の美しさが素晴らしく、これまでのバケーション的なリラックスだけの時間とは全く違った、心に深く残る旅となりました。それは、この旅によって、目に見えないエネルギーの世界の現実が物理的肉体的な現実として、私の精神と肉体に大きな影響を与えることになったからです。 ユカタン半島には、セノテといって、上の写真にあるように、洞窟にできた水の溜まり場が2000個以上あると言われています。いろいろなタイプのセノテがあるけれど、大抵のセノテは、鍾乳洞の天井が崩れて地下にできた水溜りの部分が、数メーター上の地上から見えます。セノテにたどり着くまでには、時には、森林の中を歩き、地上に大きな穴が空いているタイプは、人工的に作られた階段を下って水のあるところに行き着きます。 鍾乳洞が地上のレベルで露出している場合は、階段を使わなくても、森の中を歩けば、地層の高い部分が崩れて鍾乳洞が目の前にパカリと現れる。セノテで泳ぐ為には入場料を払い、現地の人は、セノテをなるべく自然のままで維持したいという要望があるので、訪問者は一切日焼け止めクリームやお化粧など身に着けるのは禁止されています。 初めてセノテを訪れたとき、ただ見物するのではなくそこに実際入って「泳ぐ」為に行ったので、いくら天井が抜けているからといっても、このような不気味な洞穴のようなところで、お日様が陰る度に、宝石のように美しく透き通っていた水が、足の先も見えない紫のような緑のような暗い色に変わる恐ろしいところで、私は体を浸からせることができるのだろうか恐怖感を隠せませんでした。黒い小さな魚も一杯いて、足先を水に入れると、沢山の小さな口がつついてきます。天井には、こうもりが飛んでいて、私は、やっと勇気を振り絞って恐る恐る、水の中に入ったのでした。温度は、外の気温と全く違って、とてもひんやりと冷たく、このような大自然の神秘を感じながら泳いだ体験は、これまでに無かったです。メキシコの子供達は、全く躊躇することもなく、アメリカの子供達がプールに飛び込むような感覚で、はしゃぎながらセノテに入って泳いでいるのを見て、私は驚いてしまいました。人間の環境に対する順応度は、すごいです。 数箇所泳いだセノテの中でも、特に、ウエットスーツを来て、インストラクターが案内してくれる洞窟の中を歩いて泳ぐツアーは、筆舌に尽くしがたい体験でした。 (最後の写真)ここは、地下に隠れた洞窟のような鍾乳洞なので、入り口と出口以外は、外からの光は無いので人工的なライティングがされています。水は、サファイヤのような色で、実際にそこを泳いでいるという感覚が現在進行形でありながらも、頭と体が一致できないほど、感激と興奮と払拭できないぞっとする気持ちとが入り混じって、今から思い返しても、写真が証拠として存在しなかったら、実際に起きたかどうかわからない体験だったと言えるでしょう! ![]() ユカタン半島には、マヤ遺跡が沢山あるので、遺跡訪問をする為に来たのですが、セノテは、泳がなくても一見する価値はありますが、危険でもあります。ある有名なセノテでは、天井が突然崩れて、数年前に、日本人のハネムーンのカップルが亡くなったというショッキングで悲しい事件のことも知りました。マヤ人にとって、セノテは、地下の入ってはいけないまさに神秘の世界で、セノテの水は、神様の涙と信じられていたそうです。また、セノテによっては、青のペンキに塗られた子供や若い人たちが手足を縛られ、生贄として、葬られていました。私が泳いだセノテでは、特にマヤ遺跡の住まいの痕跡がある場所ではなかったけれど、残酷に生贄にされて殺された多くの魂は今日もきちんと供養されることなく蔑ろにされてきたので、私は、苦しみを抱えた土地のエネルギーをこの旅で感じ取りました。 人類が歴史的に多くの死者を出した土地や事件などを認識することで、団体として目的を持った意識のある供養の祈りを実行することで、その土地に残された死者の魂の苦しみを浄化させる力がるという大切さを体験しました。それと言うのも、マヤ遺跡には、死者に手を合わせる祈りの場が無いので、チツェン イツゥア などの遺跡を訪れた時は、土地のエネルギーが大変苦しいほど重かったからです。マヤ文明では、生贄として、とても残酷な方法で多くの人間の命が奪われていました。無知の中から生まれた儀式ですが、その多くの亡くなった命は、他の人を助けるために殺された名誉ある命であったと今日の人が認識し、亡くなった魂に感謝し、また、それらの魂を苦しみから開放さるためにも、ユカタン半島を訪れる観光客も現地の人も、気持ちを新たにして、みんなで死者の命の冥福を祈るべきだと思いました。私は、マヤ文明の統括下で生贄によって命を奪われたすべての魂に、そして、悲しくも遺跡を訪れて事故で無くなった人々の命の冥福を祈ると共に、それらの魂が無事安らかに天界へ行き着くことだできるように願い、祈っています。 小さいころから私は、陰のエネルギーを本能的に感じる敏感なところがあり、それらの不調和なエネルギーを生み出す人間が周りにいる場合、陰湿なエネルギーが善なる人を苦しめている事に耐えられず、真っ向からその陰なるエネルギーを陽に還元、あるいは、相手の準備ができていない場合は、せめて遮断できるように、苦しんでいる人を守る為に陰の要素と立ち向かってきました。人間は、本当に正しいことをしているときは、自分でも計り知れない大きな勇気と光に応援されます。でも、今回苦しんでいる人たちは、生きている生身の人間では無いのです。マヤ遺跡で多大なる人間の苦しみや悲しみのエネルギーと出会い、私は、いてもたってもいられなくなりそのエネルギーを陽のエネルギーに変えて救おうとばかりに自分がその膨大な苦しみを背負ってしまい、ボストンに戻ってから私自身が病気になってしまいました。 人間の体にはエネルギーを受け取って放出するつぼがありますが、チャクラのエネルギーの流れの調節を理解してきちんとできないと、体が請け負える陰のエネルギーの量は限られているので、それが多すぎると死んでしまいます。目には見えなくても、私の陽の光はマヤ遺跡に放出され闇が明るくなるために吸収されましたが、私は、代わりに陰のエネルギーを受け取ってしまい、自分の中のエネルギーのバランスが大きく崩れてしまった為に、ある友人のシャーマンが今回助けてくれなかったら、死者の苦しみを背負ったまま、自分自身が死んでいたかもしれない崖っぷちに立たされていました。今は、回復に向かっているので、こうして振り返ることができますが、精神が死にそうになっていたときは、何が自分に起きているのか分かりませんでした。結局、内と外のすべてのエネルギーが繋がっているという現実を体験することと、今回、私の意識が完全に目覚めていない為に私自身がそのエネルギーの交換によって死にそうになったことも理解しました。 今、マヤ文明の長年沈滞してきた苦しいエネルギーを軽くする手助になるような作品を作っていますが、これからは、私自身が、自分の体のエネルギーの勉強をしてそのコントロールを上手にできるように、訓練しなくてはいけないと実感しました。自分が沈没していたのでは、他の人を助けることもできません。私の意識革命の新しい一歩が始まりそうです。すべての目で見える現象も見えない現象も、すべてがエネルギーでできているという現実を理解し、人間に生まれてきたユニークな独自性を上手に活かしていくには、内と外のエネルギーの調和を自分で調節する訓練が生涯続きそうです。 私は、ちっぽけですが、世界は、果てしなく大きいです。そして、このちっぽけな私も、ありがたくも大きな世界の一部なんです。 ランキングに参加中。
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